学校だより 10月17日

学校だより

校長 冨岡 尚生

日本独自の定型詩と言えば、五・七・五の十七音からなる俳句です。

俳句は、この十七音という限られた文字数の中で、 自然の美しさや人の心情を表現しなければなりません。そこで、季語を入れる事によって、作者の意図する情景を分かりやすく表現する事ができます。季語とは、その言葉が入るだけで、誰もがその季節を思い浮かべられる言葉の事を言います。

江戸時代には「奥の細道」の作者で有名な松尾芭蕉などが活躍し、広く庶民にも俳諧の文化が流行しました。その後、明治維新後に登場した正岡子規が、この古くからの詩のかたちを、新しい詩としてよみがえらせようと考え、「俳句」という名前をつけました。そして今なお、その形態が継承されています。

うれしいニュースが、日本から飛び込んで来ました。

「第三十一回伊藤園お~いお茶新俳句大賞」に応募した、高等部1年の小嶋 慧大さんの作品が見事、佳作特別賞に選ばれました。応募総数、195万4,888句。高校生の作品は、79万4,242句。その中から選ばれた秀逸の作品です。

『箱みかん底が見えたら新学期』

俳句は語彙を増やし、言葉を磨きます。深まりゆく秋に、一句、お子さんと詠んでみませんか。

学校だより 10月10日

学校だより

校長 冨岡 尚生

先週は、幼稚園の授業に参加しました。

後半からでしたが、「お月見」、月の変化を楽しもうという工作をしていました。

授業が始まってずいぶん時間が経っていましたが、子どもたちはとにかく集中していました。

新月、三日月、半月、満月と変化する月の形を切って貼るのも、難しい作業だと思います。

はさみを使う場面、ピンを刺す場面、担任は何回も手元を見るように声かけをしていました。

オンラインの工作の難しい所です。

教室での授業であれば、担任は机の間を回り、一人一人の作業を声かけながら確認していきます。

おそらくカメラには写らないところで、保護者の皆さんがサポートしてくださっていると思いました。

子どもたちは、毎日の生活の中で、身近な環境や自然と関わりながら、そこに限りない不思議さや面白さなどを見付け、美しさや優しさなどを感じ、心を動かしていきます。

そのような心の動きを、自分の声や体の動き、あるいは、今回の「お月見」のような素材となるものを仲立ちに表現していくことを通して、さらに感じて、考えて、イメージを広げて、感性、表現力、創造性を豊かにしていきます。

実際のお月様の形の変化を見る内に、満ち欠けの様子や同時刻の月の場所が違うこと、月の面が変わらずに見えることに気付いてくれると、もっと不思議さを感じ取ってくれると思います。

最後に担任は、十五夜のお月様にはお団子を15個供えるよと紹介していました。はたと気が付いたのですが、お団子を15個、どうやって三方に盛ればいいのでしょうか。秋の夜長、考えてしまいました。9個+4個+2個なんですね。勉強になりました。

学校だより 10月3日

学校だより

冨岡 尚生

日本語には自然や季節に関する語彙が多いです。

雨なら「春雨」「梅雨」「夕立」「氷雨」など、一説には雨の呼び名だけで400語以上あるとも言われています。

それは雨の降り方ばかりでなく、まわりの情景まで連想させるもので、とても情緒的です。

また、「入道雲」といえば夏。「鶯」といえば春の季語というように、和歌や俳句には季語があり、手紙は時候の挨拶から始まります。

生活の中で季節感を大切にする心が、日本語の文化的背景になっていることが分かります。

他にも、日本語には外国語であまりみられない特徴があります。

例えば、「しとしと」「ぶるぶる」「きらきら」といった擬音語や擬態語。

擬音語とは、物音や動物の鳴き声など、人間の発声器官以外のものから出た音を人間の音声で模倣したもの。

擬態語は物事の状態や心の動きを表す言葉の事です。

これらの語彙が豊富であることが、日本語の大きな特徴の一つです。

日本語を使っている人々にとっては、体にしみついたといっても良いほど、ごく普通の表現だと思います。

このオノマトペ(onomatopoeia)と言われるこれらの言葉は、教科書にもたくさん登場します。

小学校の国語の教科書を読みながら、ある歌詞を口ずさみました。

「どんぐりころころ どんぶりこ」。

もし「ころころ」が「ごろごろ」だったらどうだろう。

「のろのろ」だったらどうだろう。

バンクーバーの子どもたちは、どんな反応を表してくれるのだろう。

言葉は思考や創造を促します。

楽しい言語活動をご家庭でも行ってみてください。

学校だより9月26日

学校だより

校長 冨岡尚生

昔、マレーシアに東京の中学生の海外派遣団を引率した時、生徒とともに驚いたことがありました。クアラの生徒たちは、教科書の全てのページをノートに必死に写し取っていました。理由は、教科書は生徒たちのものではなく、きれいに使い、学年の終わりに学校に返さなければならないからだそうです。一教科だけではなく、全ての教科を行っていました。

先進国の中でも、教科書は無償貸与としている国が多く、中には初等教育でも有償としている国があるくらいです。日本では、海外子女教育の推進を図るため、国は昭和42年度から小・中学校用教科書を購入して、世界各地に所在する大使館等の在外公館に送付し、日本人学校・補習授業校の児童生徒をはじめ広く海外に在留する児童生徒に無償で給与しています。教科書は前期用、後期用の2回に分けて在外公館に送付され、対象者に給与されます。前回配布した2020年度前期用の総計は80万5106冊に上ったそうです。

今週はタッパー校で、日本から届いた後期教科書の配布を行いました。皆さん、受け取られていただけたでしょうか。配布の準備を総領事館の方、事務局の方、先生方で手分けして行いました。

このようにカナダにいても、真新しい教科書が無料で配布される補習授業校の子供たちは幸せであると考えます。校長として望むことは、こうした当たり前のことを、子供たちが価値あるものととらえ、ぼろぼろになるほど使い込み勉強に励んでくれればと思います。

学校だより 9月19日

言葉の力

校長 冨岡 尚生

先週の12日、テニスの四大大会の1つ、全米オープンの女子シングルス決勝で、大坂なおみ選手がベラルーシの選手にセットカウント2対1のフルセットで逆転勝ちし、優勝した2018年の大会以来、2年ぶり2回目の優勝を果たしました。

今大会では、人種差別へ抗議するマスクを7試合分用意していたことが大きな話題となりました。このことについて大坂選手は、「皆さんがどのようなメッセージを受け取ったか、それに興味があります。私のマスクを見て話し合いが起きればいいと思います。」「私はテニス業界の外のことにそれほど詳しくはありませんが、いろいろな人がこのことを話題にしてくれると嬉しいです。」と、その思いを、彼女の「言葉」で語っていました。大坂選手の「言葉」に注目したのは、今大会だけではありません。

初優勝をした2018年の大会に遡ります。ご覧になった方も多いと思います。決勝は、セリーナ選手が2度の警告を取られ審判に猛抗議したことで、ゲームペナルティーを取られ、荒れた試合になりました。観客からは審判に大ブーイングが起き、試合後の優勝セレモニーも騒然とした雰囲気で行われました。そんなブーイングの中で、質問者が大坂選手に尋ねました。「いつかグランドスラム決勝でセリーナと戦うのが夢だと言っていました。今どんな気持ちですか?」そこから大坂選手のスピーチが始まりました。”I’m going to differ from your question, I’m sorry.「質問への答えではないことを話そうと思います。ごめんなさい。」”I know that everyone was cheering for [Williams] and I’m sorry it had to end like this. I want to say thank you for watching the match.”「皆が[セリーナを]応援していたのを知っているから、こんな終わり方になってごめんなさい。ただ伝えたいのは試合を見てくれてありがとう。」 2万人以上の観客のほとんどが、セリーナ選手のファンと思われます。40語に満たない、この大坂選手のスピーチを聞いて、心は大坂選手に対するリスペクトに変わったと私は感じました。言葉は、人の心や社会を動かすこともあります。また、自分の立場を気付かせてくれます。言葉は人を傷つけるためにあるのではなく、人を幸せにするために生まれてきたと思います。ある研修会で、人を笑顔にする3つの言葉を習ってきました。「ありがとう」「うれしい」「たすかったよ」です。人へ感謝を伝えること。その感謝の言葉は、相手と自分に幸せを創り出します。大坂選手は次の言葉でスピーチを締めくくりました。”It was always my dream to play Serena in the US Open final. I’m really glad I was able to do that. I’m really grateful I was able to play with you. Thank you.”

今週は何人もの総領事館の方や先生方が、日本から届いた教科書やドリル、ワークなどをタッパー校に届け、丁寧に仕分けてくださいました。ありがとうございました。