学校だより 11月7日

学校だより

校長

子どものちいちゃんは、お父さんから「かげおくり」を教えてもらいました。

「かげおくり」とは、10数える間地面の影を見つめて、すぐに空を見上げると影法師(残像)が空に映って見える遊びです。

翌日、体の弱いお父さんは戦争に行ってしまいました。

ちいちゃんは毎日、かげおくりをして遊んでいましたが、戦争が激しくなって次々に戦闘機が飛んでくるようになりました。

ちいちゃんの楽しい遊び場の空は、怖いものに変わってしまいました。

ある日の夜に、激しい空襲が起きました。

風が熱くなり、炎の渦が追いかけてきました。

ちいちゃんは逃げる途中でお母さんとお兄ちゃんとはぐれてしまい、一人ぼっちになってしまいました。

一人ぼっちのちいちゃんは防空壕で寂しく一晩寝ました。

やがて朝になって、ちいちゃんがかげおくりをして空を見上げると、4つの影がありました。

一面の空の色。ちいちゃんは、空色の花畑の中に立っていました。

ここは、空の上よと、ちいちゃんは思いました。

そのとき、向こうから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、笑いながら歩いてくるのが見えました。

ちいちゃんは、きらきら笑いながら、花畑の中を走り出しました。

夏の初めのある朝、こうして、小さな女の子の命が、空に消えました。

小学3年生が学習している「ちいちゃんのかげおくり」のあらすじです。

戦争を題材にしている作品です。物語の至る所に、戦争の悲惨な様子が書かれています。

「空に吸い込まれ、花畑の中で家族と会えたちいちゃんは幸せだろうか」、

先生も子どもたちも一緒になって考えます。

子どもたちから見た幸せ、不幸せと、ちいちゃんの目線からの幸せ、不幸せがあります。子どもたちは、その根拠となる言葉を本文から必死に探します。

やがて、子どもたちは、ちいちゃんの置かれた状況が悪くなる一方で、ちいちゃんは、そのことに気付くことなく、だんだんと幸せを感じるようになる。

そのずれを悲しいと感じるようになります。

読みは、言葉に出会わなければ深まりません。

でも、一人で深めることは簡単なことではありません。

どれだけ読んでも気付かないことは多いです。

そういうとき、仲間の考えを聴いて、はっと気付くことがあります。

だれもがはっきりしてなかったことが、仲間といろいろと話し合ううちに気付くこともあります。

読むことは、一人一人の作業です。

最終的には、自分はどう読むのかに行き着くのですが、

仲間と共に読み合うということは、言葉との出会いを豊かにするうえで欠かせないことだと思います。

それは、それぞれの子どもが互いの読みを聴き合いながら、自らの読みを探り続ける学びになるからです。

深まりゆく秋です。本を読み、たくさんの言葉と出会いましょう。

学校だより 10月31日

学校だより

校長

東京のある小学校、中学校の先生と話をする機会がありました。最近のコロナ対応について聞いてみました。(学校のルールは、都市によって、地域によって異なります。)

まず小学校です。その小学校では、登校時刻は学年によって差を設けて、重なりを少なくしました。昇降口前に待機場所も作られ、時間になるまで児童は静かに待ちます。教室に入る順番も決められ、大勢の児童が通過する下駄箱も配置をし直し、動線ができるだけ重ならないようにしました。教室にランドセルを置くと、すぐに手洗いに行きます。蛇口は1つおきで、並ぶ場所も決められています。教室の窓は開け、エアコンをつけて、常に換気をしています。

机は1つずつ間隔を最大に取り、並べています。給食の配膳は、当番で行うようになりました。おかわりは、先生がよそいます。全員、話をしないで前を向いて食べます。休み時間は、遊べる学年を順番に決めています。遊ぶと言っても、ラジオ体操をしたりダンスをしたりしています。掃除は放課後に、最低必要な人数で行うようになりました。マットや跳び箱は、最近になって使用できるようになりました。図書室の本は、借りて読んだら、72時間触らないように、別室で保管します。トイレの入り口には、消毒用のマットを敷いています。毎日、取り替えています。クラブ活動は10月から始まりました。人数が多いので、半分ずつ2週に分けて実施しています。理科の実験も10月からできるようになりました。音楽の授業では、歌唱はマスクを付けて小さな声で歌います。全校で集まる朝会や集会は、ZOOMなどで行われています。授業中のグループごとの話し合いはしていません。マスクは当然、一日中付けています。あまり外さないのは、置く場所がないからだそうです。

中学校は、7時間授業をしている学校もあります。学校ごとに入室のルールを決め、体温チェックは玄関で行い、体調が悪い生徒は入室できません。校舎に入ったらすぐに手洗い、うがい、顔洗いをするそうです。細かいルールはだいたい小学校と同様です。教室などの掃除は箒を使わず、吸着ウエットシートなどを使っているところが多いです。今年の修学旅行はほとんどの学校が中止になってしまいました。

文部科学省はマニュアルの中で、 床は通常の清掃活動の範囲で対応し、特別な消毒作業の必要はないこと。 机、椅子についても、特別な消毒作業は必要ないが、衛生環境を良好に保つ観点から、家庭用洗剤等を用いた拭き掃除を行うことをあげています。トイレや洗面所も、通常の清掃活動の範囲で清掃し、特別な消毒作業の必要はないとしています。学校の新しい生活様式は、日ごとに更新され、コロナと正しく向き合う学校を示しています。日本国内は、感染者が微増傾向にあります。小中学生の感染者も多いのですが、家庭での健康観察がよく行われるようになり、学校再開以降、体調が悪いまま登校する児童生徒は、少なくなったそうです。

学校は多くの子どもたちと大人が集まる場所です。子どもたちの笑顔と歓声を一日も早く取り戻したいと願うばかりです。

学校だより 10月24日

学校だより

校長 冨岡尚生

10月16日の公開以来、わずか3日間で興行収入46億円を突破し、動員数は342万人を記録した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。歴代の日本映画の興行収入でも上位に入ることは確実で、今一番の日本のトレンドです。過去のアニメ作品を挙げると、第一位は「千と千尋の神隠し」(2001)で2352万人が観て、308億円の興行収入をあげたそうです。第二位は「アナと雪の女王」(2014)で2003万人が観て、252億円。第三位は「君の名は。」(2016年)が続いています。

この「鬼滅の刃」、どうして流行っているのか、興味深いアンケートがあります。鬼滅の刃がおもしろい理由として、キャラクター、ストーリー、世界観、設定が挙げられています。そこで、この作品の世界観に着目してみました。

舞台は大正時代の日本。主人公の竈門 炭治郎(かまど たんじろう)は、亡き父親の代わりに家族の大黒柱となり、炭を売りながら生計を立てて暮らしていた。ある日、炭治郎は町まで炭を売りに行って家に戻ると、家族は無残にも「鬼」に惨殺されていた。そして唯一生き残っていた妹の禰豆子(ねずこ)は、鬼に変容を遂げてしまっていた。炭治郎は、禰豆子を人間に戻すため、また家族を殺した鬼に復讐するため鬼狩りへの道へと進む物語です。

全編を通して、家族愛と兄弟愛が描かれています。主人公、炭治郎の家族が鬼に惨殺され、かろうじて鬼となって生き残った禰豆子は、本能的な鬼の習性から炭治郎に襲い掛かりますが、炭治郎は決して妹を見捨てることはありません。禰豆子に、「頑張れ」と何度も何度も呼びかけます。自分の大切な家族は、命をかけて守るという覚悟があります。また、敵であるはずの鬼も例外ではなく、元々人間だった頃は大切な家族がいて、死ぬ直前には走馬灯のように昔の思い出がよみがえり、幸せだったころの記憶に涙しながら、朽ち果てていく様子が描かれています。

この作品の世界観に、共感が多いのは10代と40代の世代です。この親と子の世代に共感が多いことは、偶然ではないと思います。働き盛りの親、独り立ちをしていけるようになった子。映画館に別々に行っても、双方が涙するシーンは同じ場面です。

「死ぬ」とか「殺す」とか過激な言葉が飛び交う作品ですが、家族愛はもちろん、優しさや自己肯定感、仲間の大事さ、努力、そして悲しさから立ち上がる心の強さが随所に描かれています。

先週、小学2年生のオンライン授業に参加しました。国語では「お手紙」を学習していました。ご家庭でも子どもたちの音読に、保護者の皆様が聞き役になっていただいていることと思います。アーノルド・ローベル作の「ふたりはともだち」にある、5つのお話の最後の作品です。仲良しの「がまくん」と「かえるくん」のふたりの間で繰り広げられるエピソードは、可愛らしくて、濃くて、ちょっぴり切ないものです。ふたりのキャラクターや、それぞれのやり方でお互いを思いやる様子が、この作品の世界観となっていきます。5つめの「お手紙」だけではなく、他の作品を読み、繰り返し表現される作品のテーマに気付くことによって、物語の世界観はどんどん広がり深まっていきます。

どんな作品でも、親子が一緒に読み味わい、世界観を共有できる。こんな素晴らしいことはないと思います。

※映画「鬼滅の刃」は、日本ではPG12の作品となっています。

学校だより 10月17日

学校だより

校長 冨岡 尚生

日本独自の定型詩と言えば、五・七・五の十七音からなる俳句です。

俳句は、この十七音という限られた文字数の中で、 自然の美しさや人の心情を表現しなければなりません。そこで、季語を入れる事によって、作者の意図する情景を分かりやすく表現する事ができます。季語とは、その言葉が入るだけで、誰もがその季節を思い浮かべられる言葉の事を言います。

江戸時代には「奥の細道」の作者で有名な松尾芭蕉などが活躍し、広く庶民にも俳諧の文化が流行しました。その後、明治維新後に登場した正岡子規が、この古くからの詩のかたちを、新しい詩としてよみがえらせようと考え、「俳句」という名前をつけました。そして今なお、その形態が継承されています。

うれしいニュースが、日本から飛び込んで来ました。

「第三十一回伊藤園お~いお茶新俳句大賞」に応募した、高等部1年の小嶋 慧大さんの作品が見事、佳作特別賞に選ばれました。応募総数、195万4,888句。高校生の作品は、79万4,242句。その中から選ばれた秀逸の作品です。

『箱みかん底が見えたら新学期』

俳句は語彙を増やし、言葉を磨きます。深まりゆく秋に、一句、お子さんと詠んでみませんか。

学校だより 10月10日

学校だより

校長 冨岡 尚生

先週は、幼稚園の授業に参加しました。

後半からでしたが、「お月見」、月の変化を楽しもうという工作をしていました。

授業が始まってずいぶん時間が経っていましたが、子どもたちはとにかく集中していました。

新月、三日月、半月、満月と変化する月の形を切って貼るのも、難しい作業だと思います。

はさみを使う場面、ピンを刺す場面、担任は何回も手元を見るように声かけをしていました。

オンラインの工作の難しい所です。

教室での授業であれば、担任は机の間を回り、一人一人の作業を声かけながら確認していきます。

おそらくカメラには写らないところで、保護者の皆さんがサポートしてくださっていると思いました。

子どもたちは、毎日の生活の中で、身近な環境や自然と関わりながら、そこに限りない不思議さや面白さなどを見付け、美しさや優しさなどを感じ、心を動かしていきます。

そのような心の動きを、自分の声や体の動き、あるいは、今回の「お月見」のような素材となるものを仲立ちに表現していくことを通して、さらに感じて、考えて、イメージを広げて、感性、表現力、創造性を豊かにしていきます。

実際のお月様の形の変化を見る内に、満ち欠けの様子や同時刻の月の場所が違うこと、月の面が変わらずに見えることに気付いてくれると、もっと不思議さを感じ取ってくれると思います。

最後に担任は、十五夜のお月様にはお団子を15個供えるよと紹介していました。はたと気が付いたのですが、お団子を15個、どうやって三方に盛ればいいのでしょうか。秋の夜長、考えてしまいました。9個+4個+2個なんですね。勉強になりました。