学校だより 10月24日

学校だより

校長 冨岡尚生

10月16日の公開以来、わずか3日間で興行収入46億円を突破し、動員数は342万人を記録した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。歴代の日本映画の興行収入でも上位に入ることは確実で、今一番の日本のトレンドです。過去のアニメ作品を挙げると、第一位は「千と千尋の神隠し」(2001)で2352万人が観て、308億円の興行収入をあげたそうです。第二位は「アナと雪の女王」(2014)で2003万人が観て、252億円。第三位は「君の名は。」(2016年)が続いています。

この「鬼滅の刃」、どうして流行っているのか、興味深いアンケートがあります。鬼滅の刃がおもしろい理由として、キャラクター、ストーリー、世界観、設定が挙げられています。そこで、この作品の世界観に着目してみました。

舞台は大正時代の日本。主人公の竈門 炭治郎(かまど たんじろう)は、亡き父親の代わりに家族の大黒柱となり、炭を売りながら生計を立てて暮らしていた。ある日、炭治郎は町まで炭を売りに行って家に戻ると、家族は無残にも「鬼」に惨殺されていた。そして唯一生き残っていた妹の禰豆子(ねずこ)は、鬼に変容を遂げてしまっていた。炭治郎は、禰豆子を人間に戻すため、また家族を殺した鬼に復讐するため鬼狩りへの道へと進む物語です。

全編を通して、家族愛と兄弟愛が描かれています。主人公、炭治郎の家族が鬼に惨殺され、かろうじて鬼となって生き残った禰豆子は、本能的な鬼の習性から炭治郎に襲い掛かりますが、炭治郎は決して妹を見捨てることはありません。禰豆子に、「頑張れ」と何度も何度も呼びかけます。自分の大切な家族は、命をかけて守るという覚悟があります。また、敵であるはずの鬼も例外ではなく、元々人間だった頃は大切な家族がいて、死ぬ直前には走馬灯のように昔の思い出がよみがえり、幸せだったころの記憶に涙しながら、朽ち果てていく様子が描かれています。

この作品の世界観に、共感が多いのは10代と40代の世代です。この親と子の世代に共感が多いことは、偶然ではないと思います。働き盛りの親、独り立ちをしていけるようになった子。映画館に別々に行っても、双方が涙するシーンは同じ場面です。

「死ぬ」とか「殺す」とか過激な言葉が飛び交う作品ですが、家族愛はもちろん、優しさや自己肯定感、仲間の大事さ、努力、そして悲しさから立ち上がる心の強さが随所に描かれています。

先週、小学2年生のオンライン授業に参加しました。国語では「お手紙」を学習していました。ご家庭でも子どもたちの音読に、保護者の皆様が聞き役になっていただいていることと思います。アーノルド・ローベル作の「ふたりはともだち」にある、5つのお話の最後の作品です。仲良しの「がまくん」と「かえるくん」のふたりの間で繰り広げられるエピソードは、可愛らしくて、濃くて、ちょっぴり切ないものです。ふたりのキャラクターや、それぞれのやり方でお互いを思いやる様子が、この作品の世界観となっていきます。5つめの「お手紙」だけではなく、他の作品を読み、繰り返し表現される作品のテーマに気付くことによって、物語の世界観はどんどん広がり深まっていきます。

どんな作品でも、親子が一緒に読み味わい、世界観を共有できる。こんな素晴らしいことはないと思います。

※映画「鬼滅の刃」は、日本ではPG12の作品となっています。

学校だより 10月17日

学校だより

校長 冨岡 尚生

日本独自の定型詩と言えば、五・七・五の十七音からなる俳句です。

俳句は、この十七音という限られた文字数の中で、 自然の美しさや人の心情を表現しなければなりません。そこで、季語を入れる事によって、作者の意図する情景を分かりやすく表現する事ができます。季語とは、その言葉が入るだけで、誰もがその季節を思い浮かべられる言葉の事を言います。

江戸時代には「奥の細道」の作者で有名な松尾芭蕉などが活躍し、広く庶民にも俳諧の文化が流行しました。その後、明治維新後に登場した正岡子規が、この古くからの詩のかたちを、新しい詩としてよみがえらせようと考え、「俳句」という名前をつけました。そして今なお、その形態が継承されています。

うれしいニュースが、日本から飛び込んで来ました。

「第三十一回伊藤園お~いお茶新俳句大賞」に応募した、高等部1年の小嶋 慧大さんの作品が見事、佳作特別賞に選ばれました。応募総数、195万4,888句。高校生の作品は、79万4,242句。その中から選ばれた秀逸の作品です。

『箱みかん底が見えたら新学期』

俳句は語彙を増やし、言葉を磨きます。深まりゆく秋に、一句、お子さんと詠んでみませんか。

学校だより 10月10日

学校だより

校長 冨岡 尚生

先週は、幼稚園の授業に参加しました。

後半からでしたが、「お月見」、月の変化を楽しもうという工作をしていました。

授業が始まってずいぶん時間が経っていましたが、子どもたちはとにかく集中していました。

新月、三日月、半月、満月と変化する月の形を切って貼るのも、難しい作業だと思います。

はさみを使う場面、ピンを刺す場面、担任は何回も手元を見るように声かけをしていました。

オンラインの工作の難しい所です。

教室での授業であれば、担任は机の間を回り、一人一人の作業を声かけながら確認していきます。

おそらくカメラには写らないところで、保護者の皆さんがサポートしてくださっていると思いました。

子どもたちは、毎日の生活の中で、身近な環境や自然と関わりながら、そこに限りない不思議さや面白さなどを見付け、美しさや優しさなどを感じ、心を動かしていきます。

そのような心の動きを、自分の声や体の動き、あるいは、今回の「お月見」のような素材となるものを仲立ちに表現していくことを通して、さらに感じて、考えて、イメージを広げて、感性、表現力、創造性を豊かにしていきます。

実際のお月様の形の変化を見る内に、満ち欠けの様子や同時刻の月の場所が違うこと、月の面が変わらずに見えることに気付いてくれると、もっと不思議さを感じ取ってくれると思います。

最後に担任は、十五夜のお月様にはお団子を15個供えるよと紹介していました。はたと気が付いたのですが、お団子を15個、どうやって三方に盛ればいいのでしょうか。秋の夜長、考えてしまいました。9個+4個+2個なんですね。勉強になりました。

学校だより 10月3日

学校だより

冨岡 尚生

日本語には自然や季節に関する語彙が多いです。

雨なら「春雨」「梅雨」「夕立」「氷雨」など、一説には雨の呼び名だけで400語以上あるとも言われています。

それは雨の降り方ばかりでなく、まわりの情景まで連想させるもので、とても情緒的です。

また、「入道雲」といえば夏。「鶯」といえば春の季語というように、和歌や俳句には季語があり、手紙は時候の挨拶から始まります。

生活の中で季節感を大切にする心が、日本語の文化的背景になっていることが分かります。

他にも、日本語には外国語であまりみられない特徴があります。

例えば、「しとしと」「ぶるぶる」「きらきら」といった擬音語や擬態語。

擬音語とは、物音や動物の鳴き声など、人間の発声器官以外のものから出た音を人間の音声で模倣したもの。

擬態語は物事の状態や心の動きを表す言葉の事です。

これらの語彙が豊富であることが、日本語の大きな特徴の一つです。

日本語を使っている人々にとっては、体にしみついたといっても良いほど、ごく普通の表現だと思います。

このオノマトペ(onomatopoeia)と言われるこれらの言葉は、教科書にもたくさん登場します。

小学校の国語の教科書を読みながら、ある歌詞を口ずさみました。

「どんぐりころころ どんぶりこ」。

もし「ころころ」が「ごろごろ」だったらどうだろう。

「のろのろ」だったらどうだろう。

バンクーバーの子どもたちは、どんな反応を表してくれるのだろう。

言葉は思考や創造を促します。

楽しい言語活動をご家庭でも行ってみてください。

学校だより9月26日

学校だより

校長 冨岡尚生

昔、マレーシアに東京の中学生の海外派遣団を引率した時、生徒とともに驚いたことがありました。クアラの生徒たちは、教科書の全てのページをノートに必死に写し取っていました。理由は、教科書は生徒たちのものではなく、きれいに使い、学年の終わりに学校に返さなければならないからだそうです。一教科だけではなく、全ての教科を行っていました。

先進国の中でも、教科書は無償貸与としている国が多く、中には初等教育でも有償としている国があるくらいです。日本では、海外子女教育の推進を図るため、国は昭和42年度から小・中学校用教科書を購入して、世界各地に所在する大使館等の在外公館に送付し、日本人学校・補習授業校の児童生徒をはじめ広く海外に在留する児童生徒に無償で給与しています。教科書は前期用、後期用の2回に分けて在外公館に送付され、対象者に給与されます。前回配布した2020年度前期用の総計は80万5106冊に上ったそうです。

今週はタッパー校で、日本から届いた後期教科書の配布を行いました。皆さん、受け取られていただけたでしょうか。配布の準備を総領事館の方、事務局の方、先生方で手分けして行いました。

このようにカナダにいても、真新しい教科書が無料で配布される補習授業校の子供たちは幸せであると考えます。校長として望むことは、こうした当たり前のことを、子供たちが価値あるものととらえ、ぼろぼろになるほど使い込み勉強に励んでくれればと思います。